高円寺

shimizu_h2005-09-10

 東京に住んで8年目になるけど、住んだ町が高円寺じゃなかったら東京の生活や印象も随分違ったものになったのかもしれないと、最近よく思う。


 家探しに東京に来た時、東中野やら中央線沿いの街をうろうろしながら高円寺に来て、たまたま通った通りに中古レコード屋が2軒あって、それで何となくこの町に決めた。


 最初の何年かは誰しもの二十歳くらいまでがそうであるように、右へ左へ、多くはまだ自分の外側にある物事に気をとられ、振り回されながら過ぎていった。そういう中でも町やそこでの生活に違和感を感じなかったのは、やっぱりこの町独特の適当さが生活を包んでいてくれたからかもしれない。


 この町がぐっと身近になって、そして、ジャマイカの60年代の音楽*1が似合うような、どこまでも開放的で楽観的な空気を肌で感じるようになったのは、この町に来た時最初に見たレコード屋で働くようになってからだ。


 大学4年の夏の終わりくらいから、授業のない日は昼から店を開け、掃除をして、適当なレコードをかけながら、ぼんやり店番をしながら通りを眺めるような生活。店の前は産婦人科になっていて、そこを訪れる人達を眺めていると、彼らの人生のワンシーンを垣間見れるような気がした。


 それから仕事の終わりには店長と立ち飲み屋からバー、今ではほとんど行かなくなってしまった大将や焼き鳥屋とか、授業の減った大学5年の頃はたいてい朝まで数軒の店を飲み歩いた。


 そう考えると、紆余曲折はあったものの最後の方は音楽と酒に囲まれて、芝居をやったり音楽をやったりしながら、結構幸せな学生生活だったのかもしれない。


 そんなこんなでいつの間にか東京の生活がしっくりくるようになって、今では福岡に帰った時の方がどういう風に生活したらいいのか戸惑うことが多い。東京の街の空気がぐっと肌に馴染むようになったのは、フィッシュマンズという音楽との出会いも大きかったけど、それはまた別の話。


 何でこんなに回想的なのかというと、今日は夕方まで寝ていて何もしてないから書くことがないのだ。

*1:その匿名性が僕は素晴らしいと思う。